私の世界、君の世界(2)
2006年11月10日 人間 コメント (4)生き物は、自分の世界に他者が入り込むことを嫌います。生き物は同じ種類の生き物にはナワバリを渡そうとはしません。相手を追い出すまで戦い抜く、それが生き物だそうです。
そして、それは、必ずしも同じ種の生き物とも断定はできません。さらに、群で暮らす生き物には、群という単位で、ナワバリを渡そうとしません。
それは、少し考えればわかること。自分の部屋でゴキブリを発見したら殺しますよね?外に投げますよね?そうでなくても、視界から消すために追い払いますよね?
恋人と2人きりでまったりしているところに、宅配便屋さんが来ると、嫌ですよね?
自分(達)のテリトリーに、他者が近づくことを本能から、嫌っているのです。
自分には自分の世界があるということです。
自分の世界があれば、同じように他人の世界もある。
それは、自由とかそんなチャチなものではなく、もっと大きな、私には表現しきれない何かなのです。
その世界を壊される、奪われる。それを防ぐことは、生き物としてごく自然な当然の権利なのです。
自分の世界を守る。それはごく自然な生き物として行動なのかもしれません。
しかし、守る時、守るためには、多くの犠牲が生まれてしまいます。
その時、相手の世界を壊してしまうかもしれません。
自分の世界も壊してしまうかもしれません。
だからこそ、人の世界を奪ってはいけないのです。
そして、それは、必ずしも同じ種の生き物とも断定はできません。さらに、群で暮らす生き物には、群という単位で、ナワバリを渡そうとしません。
それは、少し考えればわかること。自分の部屋でゴキブリを発見したら殺しますよね?外に投げますよね?そうでなくても、視界から消すために追い払いますよね?
恋人と2人きりでまったりしているところに、宅配便屋さんが来ると、嫌ですよね?
自分(達)のテリトリーに、他者が近づくことを本能から、嫌っているのです。
自分には自分の世界があるということです。
自分の世界があれば、同じように他人の世界もある。
それは、自由とかそんなチャチなものではなく、もっと大きな、私には表現しきれない何かなのです。
その世界を壊される、奪われる。それを防ぐことは、生き物としてごく自然な当然の権利なのです。
自分の世界を守る。それはごく自然な生き物として行動なのかもしれません。
しかし、守る時、守るためには、多くの犠牲が生まれてしまいます。
その時、相手の世界を壊してしまうかもしれません。
自分の世界も壊してしまうかもしれません。
だからこそ、人の世界を奪ってはいけないのです。