恋愛、結婚、セックス(5)
2006年8月4日 男、女、友情、恋最後に、恋愛と結婚についての私的考えについて。
城崎レイさんのご意見
私的には、恋愛の延長線上に結婚があると思うのです。
それは、恋愛の二文字目が「愛」であるから。
7月20日の「好き好き LOVE! LOVE! 愛してる」に書いたように、私には、愛という言葉は、未知なる不思議な存在です。
しかし、その時、みみさんが、コソッと書いてくださったことは、「私が愛したのは、2人だ」と。
えっ?!2人なの?そんなに少ないの?と思ってしまいました。
しかし、私がそれで感じたことは、愛とはそれだけ、安いものではなく、簡単に抱ける感情ではないということです。
したがって、恋愛だって、そんな安っぽいものではないと思うのです。なんたって、2文字目は「愛」なんですから。
さらに、本当に好きな人となんて、セックスできるものではないと思うんです。
私は、そういった状態が恋愛で、その時初めて、延長線上に結婚という言葉が出てくると思うのです。
私は、延長線上に結婚という言葉が見えない恋愛は、恋愛ではなく、ただのセフレか、恋愛ゲームだと思うのです。
だから、セックスにフォーカスを合わせてみると、見えてくると表現したのです。
実際、近年の離婚率の増加は、恋愛ゲームの延長線上に結婚という言葉があると勘違いしているから、結婚生活が破綻してしまうのだと思います。
ここまでで、私が表現したいのは、セックスを我慢できない相手と結婚しても、破綻するんじゃないの?と言いたいのです。
さて、回り道をして、紹介が遅れましたが、るんさんのコメント紹介でしめたいと思います。
結婚について考えるうえで、結婚について定義していないのは、痛いのですが、それは置いといて、結婚というものが、社会を上手く運営していく上でのただのルールであることに違いはありません。
ルールの使用方法が各自の意思によるもので、恋愛と結婚が別だと解釈するのもその通りだと思います。
本能は自由なのにルールというのは融通が利かないため、色々とギクシャクしてくるというのも事実だと思います。
正解などないのです。この話関しても。どう考えるか個人しだい。
しかし、私は、この数日にわたって書いてきたような考え方があっても良いと思うのです。
特に、若者の性に関する意識が低迷している昨今、ありがたいことに、ここには、たくさんの方がリンクしてくださり、その中には、司穏さん、東屋さん、ヴァルハートさんと高校生くらいの方がリンクしてくださっています。非リンクの方でも、多くの中高校生が足跡を残して下さっています。
そういった若年層の方々に、こういった考え方があっても良いんじゃないの?と伝えたいのです。
その恋愛、行くとこまで行って、本当に良いの?と。
その結果、どう考えるかは、彼(女)らしだいです。
そこを強制するつもりもありません。私はそんな立派な人間ではありませんから。
もちろん、皆さんの考えを否定するつもりもありません。
しかし、星姫先生が「恋人だからといってはけ口にしていいのか?と疑問にした点はこころさんに賛成。みんなこう思ってくれたら性教育が楽だ。生徒が退学して子供おろしたりすると悲しい。」と仰っていますが、その通りだと思います。
私もそこを期待しています。
もちろん、にゃップルパイさんの「あまりに理想論的過ぎて現実で実践できる人は少なくとも今の日本にはほとんどいないと思います。」というのも事実。
でも、理想がかなわないからと理想を持たないのは、おかしいと思います。努力目標って必要だと思います。
と言うことで、以上。
城崎レイさんのご意見
恋愛は基礎工事、結婚は建物といったところでしょうか。
私的には、恋愛の延長線上に結婚があると思うのです。
それは、恋愛の二文字目が「愛」であるから。
7月20日の「好き好き LOVE! LOVE! 愛してる」に書いたように、私には、愛という言葉は、未知なる不思議な存在です。
しかし、その時、みみさんが、コソッと書いてくださったことは、「私が愛したのは、2人だ」と。
えっ?!2人なの?そんなに少ないの?と思ってしまいました。
しかし、私がそれで感じたことは、愛とはそれだけ、安いものではなく、簡単に抱ける感情ではないということです。
したがって、恋愛だって、そんな安っぽいものではないと思うのです。なんたって、2文字目は「愛」なんですから。
さらに、本当に好きな人となんて、セックスできるものではないと思うんです。
私は、そういった状態が恋愛で、その時初めて、延長線上に結婚という言葉が出てくると思うのです。
私は、延長線上に結婚という言葉が見えない恋愛は、恋愛ではなく、ただのセフレか、恋愛ゲームだと思うのです。
だから、セックスにフォーカスを合わせてみると、見えてくると表現したのです。
実際、近年の離婚率の増加は、恋愛ゲームの延長線上に結婚という言葉があると勘違いしているから、結婚生活が破綻してしまうのだと思います。
ここまでで、私が表現したいのは、セックスを我慢できない相手と結婚しても、破綻するんじゃないの?と言いたいのです。
さて、回り道をして、紹介が遅れましたが、るんさんのコメント紹介でしめたいと思います。
恋愛は本能、結婚は単なる社会ルール。社会でうまく生きる(もしくは社会を成り立たせる)ための人間関係の決まりごとの一個。
セックスは恋愛と一緒で本能。
とすれば結婚は本能をうまく使ったルールとして使用すればとても快適でしょうね。つまりルールの使用法は各自の意思によるものでしょうから、恋愛と結婚が別であっても同じでも、べつに言い訳で。個人的にはなるべく恋愛の延長上に結婚というルールを置いてみたいです。だけど、本能は自由なのにルールというのは融通が利かないのでふとしたことが不倫などと称され、ルール違反だと責められてしまう厄介なものだと思う。(一部訂正 原文はコメントを見てください)
結婚について考えるうえで、結婚について定義していないのは、痛いのですが、それは置いといて、結婚というものが、社会を上手く運営していく上でのただのルールであることに違いはありません。
ルールの使用方法が各自の意思によるもので、恋愛と結婚が別だと解釈するのもその通りだと思います。
本能は自由なのにルールというのは融通が利かないため、色々とギクシャクしてくるというのも事実だと思います。
正解などないのです。この話関しても。どう考えるか個人しだい。
しかし、私は、この数日にわたって書いてきたような考え方があっても良いと思うのです。
特に、若者の性に関する意識が低迷している昨今、ありがたいことに、ここには、たくさんの方がリンクしてくださり、その中には、司穏さん、東屋さん、ヴァルハートさんと高校生くらいの方がリンクしてくださっています。非リンクの方でも、多くの中高校生が足跡を残して下さっています。
そういった若年層の方々に、こういった考え方があっても良いんじゃないの?と伝えたいのです。
その恋愛、行くとこまで行って、本当に良いの?と。
その結果、どう考えるかは、彼(女)らしだいです。
そこを強制するつもりもありません。私はそんな立派な人間ではありませんから。
もちろん、皆さんの考えを否定するつもりもありません。
しかし、星姫先生が「恋人だからといってはけ口にしていいのか?と疑問にした点はこころさんに賛成。みんなこう思ってくれたら性教育が楽だ。生徒が退学して子供おろしたりすると悲しい。」と仰っていますが、その通りだと思います。
私もそこを期待しています。
もちろん、にゃップルパイさんの「あまりに理想論的過ぎて現実で実践できる人は少なくとも今の日本にはほとんどいないと思います。」というのも事実。
でも、理想がかなわないからと理想を持たないのは、おかしいと思います。努力目標って必要だと思います。
と言うことで、以上。
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