のび太!勉強しなさい!!(2)
2006年7月28日 学校 コメント (3)何のために勉強をするのか?
難しい問題です。
城崎 レイさん、ジャスミンさん、コメントありがとうございます。皆さん、様々な考えを持っておられるようで。
でも、正直、しっくりしません。何故、難しい方程式を解かなければならないかと言う答えとしては、説得力に欠けます。
また、宇宙飛行士になりたくない人は、勉強しなくて良いのですか?
難しい問題ですが、私なりの解釈を書いてみたいと思います。
勉強が楽しいと思う人はほとんどいないと思います。
普通、自分の好きなことは、頑張れます。
しかし、自分の好きでないことは頑張れない。
人間そんなものだと思います。
しかし、人生において、自分の好きでないことを頑張らなくても良い世界はあるのでしょうか?
最低でも、与えられた課題を達成していく。これが出来なければ、生きて(生活して)いけないのではないでしょうか?
自分の嫌いな事を避けて、避けて、避け続けて生きていけるのでしょうか?
学校の勉強は、自分の嫌いなことを頑張るためのトレーニングをするためのものだと思います。
勉強することに意味があるのかないのかわからないような、ただ受身の勉強を頑張ると言うのは、非常に困難です。
昔、世の中は理不尽な事だらけと書かれている人がいましたが、それを学ぶことも重要です。
意味のない仕事をさせられたり、明らかに無駄だと思う仕事をさせられたり、嫌な仕事をさせられたり。
そんなことは、珍しい話ではないと思うのです。
その中で、勉強することに意味があるのかわからないことを、理不尽にも頑張って勉強しろと言われ、勉強させられるというのも、社会に出るために、必要不可欠な事ではないでしょうか?
だからこそ、逆に、意味不明な勉強をさせられることは大切なのです。好きな事をさせられたのでは意味がないですから。
宿題やテストといった形で、先生方は児童、生徒にノルマを課します。
もちろん、それが嬉しい人はいないでしょう。
頑張って嫌な課題を達成する。それは、もちろん最低ランクでも良いのです。
しかし、どうせやるならと、レベルの高いものを要求します。
どれだけ頑張れたのか、それが、テストの点数で評価されるのです。
もちろん、それが相対評価であっても、絶対評価であってもそれは関係ないのです。頑張ったことが大切なのです。本人と評価する人が、それをわかっていればそれで良いのです。
それでも、思うように評価されないこともあるでしょうし、予想外に良い評価を頂けることもあるでしょう。
しかし、そういった理不尽さを知り、それでも頑張れる人間になる事が大切なのではないでしょうか?
世の中の理不尽さを知ることと、嫌なことにも挑戦することの耐性をつけることが、学校での意味不明な勉強をさせられる答えだと思っています。
しかし、現在、「嫌なことにわざわざ挑戦しなくても良いよ」という風潮が見受けられます。
「興味を持てないことを学ぶよりも、興味の出ることを学ぼう」という風潮が見られます。
非常に残念です。
甘やかしすぎだと思います。
難しい問題です。
城崎 レイさん、ジャスミンさん、コメントありがとうございます。皆さん、様々な考えを持っておられるようで。
でも、正直、しっくりしません。何故、難しい方程式を解かなければならないかと言う答えとしては、説得力に欠けます。
また、宇宙飛行士になりたくない人は、勉強しなくて良いのですか?
難しい問題ですが、私なりの解釈を書いてみたいと思います。
勉強が楽しいと思う人はほとんどいないと思います。
普通、自分の好きなことは、頑張れます。
しかし、自分の好きでないことは頑張れない。
人間そんなものだと思います。
しかし、人生において、自分の好きでないことを頑張らなくても良い世界はあるのでしょうか?
最低でも、与えられた課題を達成していく。これが出来なければ、生きて(生活して)いけないのではないでしょうか?
自分の嫌いな事を避けて、避けて、避け続けて生きていけるのでしょうか?
学校の勉強は、自分の嫌いなことを頑張るためのトレーニングをするためのものだと思います。
勉強することに意味があるのかないのかわからないような、ただ受身の勉強を頑張ると言うのは、非常に困難です。
昔、世の中は理不尽な事だらけと書かれている人がいましたが、それを学ぶことも重要です。
意味のない仕事をさせられたり、明らかに無駄だと思う仕事をさせられたり、嫌な仕事をさせられたり。
そんなことは、珍しい話ではないと思うのです。
その中で、勉強することに意味があるのかわからないことを、理不尽にも頑張って勉強しろと言われ、勉強させられるというのも、社会に出るために、必要不可欠な事ではないでしょうか?
だからこそ、逆に、意味不明な勉強をさせられることは大切なのです。好きな事をさせられたのでは意味がないですから。
宿題やテストといった形で、先生方は児童、生徒にノルマを課します。
もちろん、それが嬉しい人はいないでしょう。
頑張って嫌な課題を達成する。それは、もちろん最低ランクでも良いのです。
しかし、どうせやるならと、レベルの高いものを要求します。
どれだけ頑張れたのか、それが、テストの点数で評価されるのです。
もちろん、それが相対評価であっても、絶対評価であってもそれは関係ないのです。頑張ったことが大切なのです。本人と評価する人が、それをわかっていればそれで良いのです。
それでも、思うように評価されないこともあるでしょうし、予想外に良い評価を頂けることもあるでしょう。
しかし、そういった理不尽さを知り、それでも頑張れる人間になる事が大切なのではないでしょうか?
世の中の理不尽さを知ることと、嫌なことにも挑戦することの耐性をつけることが、学校での意味不明な勉強をさせられる答えだと思っています。
しかし、現在、「嫌なことにわざわざ挑戦しなくても良いよ」という風潮が見受けられます。
「興味を持てないことを学ぶよりも、興味の出ることを学ぼう」という風潮が見られます。
非常に残念です。
甘やかしすぎだと思います。
コメント
「何の為に勉強するのか」……ですか。う〜ん……矢張り「忍耐力を養う為」、ですかね。
べんきょう【勉強】(名・自他スル)?仕事や学問を一生懸命すること。?将来の為になる経験?品物を安く売ること。
仕事を行うせよ、学問を行うにせよ、忍耐力というものは必ず必要になって来ると思います。勉強も「強いて勉める」と書きますからね。昔、「キノの旅」という小説で「罵声を浴び、ストレスを貰う代償として、お金を貰って生活する」という設定の国が出てきたことがありますが、まさに今の社会そのものですね。忍耐力――これが勉強の本質かな、うん。
そんな勉強の本質を知らないまま今の子供たちは「勉強」をするから、すぐ「キレる」んでしょうね。
何で勉強するのか、って本当に分かりませんよね。
私は社会にでるためと理解しています。
私は高校生なので、よく友達から聞いたりするのですが、
唯、親に「勉強しなさい」と言われてもぴんと来ないと、
今は大学で自分の好きなことをするためにみんな勉強しているようですが・・私は勉強しなければ世の中が面白くないから、ですね・・。新聞とかを読んでいても内容分からなくて面白くないですもの。笑
何故、勉強するのか?という問いに対する答えですが、以前読んだ本の中になるほど、と思えることが書いてました。
安斎育郎と言う方の本でしたが、その中では勉強する理由として2つあげられてました。
1つ目は自分の夢を実現させるため。
2つ目は民主主義を成立させるため。
なるほど、と思いましたが私はそれにもう一つ付け加えたいと思います。
勉強する事により、脳を鍛え、判断力、理解力、論理力などを磨く事により、今後の人生で起こるであろう様々な問題に対処するため。
だと思います。
突然の書き込みの上、長文失礼しました。
追伸
リンクはりました。